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Mr.FULLSWING

ふと、不安になる
お前の姿を見ると…
お前の顔を見るたびに…

『一言でいい』


十二支高校グランド。ここでは毎日どこかしこで小さなドラマが起こっている。投手が投げるボール、グランドを走り回る部員たち、見事にホームランを打った快い音と歓声…。他の部員たちが必死に練習をする中、猿野天国はただ1人部室へと入って行った。…どうも練習に身が入らなかった。理由は分かってる。犬飼冥…それが猿野の気を散らせる原因だった…。
考えてみれば数分前、ふと目が合ってしまったという何でもないことなのだが…猿野にとっては大きな出来事だった。
猿野が見た犬飼は、キャッチャーの辰羅川と何やら話をし、その後一生懸命に練習を始めた。時々悩むように立ち止まって、またひたすらに投げる。息が切れようと、息を整えようともせず。汗が流れても、それをぬぐおうともしなかった。
…その姿を見て、しばらく動けなかった。自分の練習なんか手につかなかった。
「ったく、犬のバカやろー!」
「なんだ猿、オレに用か?」
…え??
猿野の叫びに間髪入れずに答えたのは、ウワサの犬飼冥だった。
…う、嘘だろ?
心の中でいくらそう思ってみても、振り返るとやはりそこには犬飼がいる。
『こいつのことを考えていて部室に人が入って来たことに気付かなかった』
そう考えると、身体中が熱くなるような気がした。
「…ふー。一体なんなんだよ猿?用がねぇなら行くぞ」
「ちょ、ちょっと待てよ『犬飼』っ!!」
いつもは『犬っころ』や『バカ犬』などまともに呼んだことの無い猿野が発した予想外の言葉に、犬飼はびくっ、と肩を震わせた。
「なっ、なんだ?」
したくはないのに声が上擦ってしまう。一体何だと言うんだ!!

「犬飼…オレを置いていくなよ…?」

…真剣な顔の猿野。
…笑いをかみ殺している犬飼。
「ぷっ…」
犬飼が思わず吹き出す。
「なんで笑うんだよっ!!」
「なっ、なんでって…あはは…っ」
「だっ、だって、お前はオレなんかと違って最初から完璧でさ、それなのにまだ人より沢山頑張っちゃってさ。だからオレ…不安になっちまって…」
そう言う猿野の声は今にも消えてしまいそうで…
「まっ、まぁこの猿野様がお前なんかに負けるなんてことはないだろーがな!!」
強がっている猿野は、逆にとても弱々しく思えた。
「ふん…猿がつけ上がるなんてまだ早い」
一瞬のうちに犬飼の唇が猿野へと触れ、またすぐに離れた。猿野は赤く染まった頬をおさえながら、犬飼から目をそらした。それを見た犬飼は、ドアの方へと歩き出した。「それと猿…もう一つ言っておけばな…」
ちょうど猿野の隣を通り過ぎようとする時

「俺がお前を置いていくはず無いだろ?」

犬飼はそのまま、何事もなかったかのように部室を出ていった。そして猿野は部室の床に座りこんでいた。冷たい床が身体中を少しずつ冷ましていく…。

「ばーか…」

きっとお前はオレを置いていかないだろう
きっと振り返って、ちゃんとオレのことを見てくれるだろう…
その時、そう感じた

だってほら、オレは置いていかれるのが不安だなんて
一言も言ってないんだから、さ…

end





・・・・・・・・・・・・・・・・・・・犬飼はこんなんじゃねぇ!!(突っ込み)