目の前に何も無い、ただ広いだけの空間。
俺は一人そこに立っていた。

帽子、マフラー、手袋、コートと重装備の俺の目の前が、ちらちらと白く変わり始めた。


軽くて、真っ白な、雪


小さな粒が降ってくる空を仰ぐ。

その白は止むことはなく
すぐに一面雪景色へと変わった。

綺麗だとか
そんな取り留めのないことを考えていたら、
いつの間にか俺の足元は雪に埋もれていた。


白───────


ふと

その白に恐怖を感じた。
背中に悪寒が走る。
理由も分からぬまま、鼓動だけが早く打ってゆく。

そんなことをしている間に、雪は俺の膝を隠そうとしていた。



おいおいおいおいおいおいおいおいおい!!

ちょっと待て、ちょっと待て!

これは
これは、いくら何でもおかしいだろう!?

たかが雪だ
確かに止む気配は全く無いとはいえ

こんなに早く積もるなど有り得ない筈だというのに…

これはもう
綺麗とか言っている場合では全く無く、
これはもう
危機だというしかない状況だ。


じっとしている間に、雪は足をすべて覆い尽くした。

白に

取り込まれる


白だなんて、俺には一番似合わない色だと思っていたけれど
それこそ、俺の愛するアイツにこそ相応しいと思うのだが

その

俺と真逆の白が
俺を
罪を犯し過ぎた真っ黒な俺を

まさにその白は
俺の黒を覆い隠そうとでもするかのようで


飲み込まれる


白に白に白に白に白に


もう我慢出来ないというのに
もう限界だというのに
その色に
その白に


空を仰げば降り止むことのない雪
目の前は真っ白
視線を落としたら落としたで
広がる白はもう俺の下半身を飲み込んでいた。
足から、下半身全体から、寒さが伝わってくる。
温度が零度が
凍える。
脱出したくても動かない、動けない。

上からも下からも救いの手は差し伸ばされてなど来ない。

視覚から
白によって

上からエンドレスに続く雪と
みるみる間に増えてゆく雪が


潰される
取り込まれる

上からも下からも

逃げ場はどこにも無い

────────恐怖



白が

白が白が白が白が白が白が白が白が白が白が白が






ただけがれのないくもりのないつかみどころのない白の前で 俺は無力だった





─────
─────。


「ねー、キルア」

12月25日、クリスマス。
部屋にはそれに準じた飾り付けと、昼間からちかちかと光るクリスマスツリー。

そんな明るい雰囲気の部屋の中で、俺は一人憂鬱な気分で外を眺めていた。

原因は、良く分からない。
窓の外を見ると、朝から降っている雪が何故だか頭痛を引き起こすらしいことだけだ。

まぁ
俺にとっては憎らしい雪も、隣のゴンには喜ぶべきモノらしい。

「キールアー、一緒に外で遊ぼ?」

ほらね

やっぱり遊び盛りのコドモ。
珍しいおもちゃに飛び付くのは当然。

いつもならそりゃまぁ俺だって付き合って一緒に遊ぶけどさ。


「寒いからヤダ!部屋ん中で遊ぼうぜー?ここのが暖かくて良いじゃんー」
「だーめっ!キルア、外に出るのがめんどくさいから言ってるんでしょ!それに、たまには外で遊ばないと身体なまっちゃうよっ!!」

いや、まぁそれもあるんだけどさ。
今日はそーじゃなくて、今でさえ頭痛がすんのに、外になんて出たらどーなっちまうんだっつう話で…

「あ、それともキルア具合でも悪いの?」


ま、そんなこと言えるわけないけど


「まさか。全然元気ぃー」

…はい、嘘

だって具合悪いとか言ったら
ゴンは心配するしな。


「じゃぁ何で嫌なのさ?」

俺の答えに不機嫌になったゴンはふくれてしまい、似合わない腕組みをした。

「だから、別に何でもねぇよ。ただ寒いだろ?ゴンだって寒いの嫌だろ?」
「そりゃそうだけど…そんなの外で遊んでればすぐに暖かくなるよっ!」
「外は雪降ってんだぞ?雪だって冷たいんだし、すぐになんて暖かくなるわけねーだろ!!」
「そんなことないもんっ!コート着て、マフラーして、手袋はめて、帽子かぶったら平気だってば!」


なんで

なんでこんな


────しつこいんだよ


嫌だって言ってんだろーが!
何度も何度も!


頭痛てぇんだって

もう、ホント


がんがんする


ゴンの後ろで背景になってる窓から見える雪が

ちらちらして
ちかちかして

それを見る度

頭が
マジで
ひっでぇ頭痛

頭、いつ割れてもおかしくない、って感じで


痛い


なんで
なんでか
良く分かんなけど


がーん、ごーん、きーん

意味の分からない苦痛の音が頭ん中で響いてる。

手で一生懸命押さえてみても全然治まる気配なんかなくて

でも他に何をしたら良いのかも分からなくて
結局大袈裟に頭を押さえていたら
もうなんか
ゴンの言葉なんてひとっつも耳に入ってなくて

いや、
入っても唯の雑音として流れてたんだ
うわんうわんって変な風に響いて
言葉として認識出来なくて

「ねぇ、キルア、大丈夫?」

初めてはっきり聞こえたのがこの言葉で
それはそれは嬉しい言葉だったけど
でもその時の俺には、それを聞ける余裕が無くて
意味を頭の中で整理しきれてなくて


「うるさいッ!!」


もう口をついた言葉は元には戻ってくれなくて
───覆水盆ニ返ラズ


だって、
うわんうわんって響いた言葉は
酷く歪で
俺の頭痛を増すだけのものだったから



「あ」






ゴンは一言だけ言ってしばらく放心した。


マズい
と思った。

これ以上無くマズかった。

ゴンに
ゴンが
ゴンを


何か言わなくちゃ

何か

誤解をとく言葉を
この状況を繕うことが出来る言葉を




何も

浮かばなかった。

どうしたら良いのか…
分からない

でもこのままじゃ
このまま此処に
ゴンと一緒には…



「…けよ」
「え?」
「行けよ、行ってくれば良いだろ!外でもどこでも、遊びに行けば良いだろっ!!」



必死だった

大声を出して
怒鳴った

心の中がきしきし、と
変な音を立てていた


「…なに…ソレ?」

ゴンが俺の目をまっすぐ見つめた。

「オレが…そんなに邪魔だったの?オレ、そんなにうるさかった?そんなに腹立つことした?
オレ、そんなに嫌だった?」


目に
眼に
瞳に

涙を溜めた

ゴンは俺をまっすぐ見て
身体を震わして


でも視線は外さず
でも涙は流さず


あぁ
君は 強いんだ



弱い
弱っちぃ俺は
勇気の無い俺は
卑怯な俺は



その目を見つめず
視線を落とし


「…っ、キルアのバカ!!」


そのゴンの怒声を聞くまで
一言も喋らず
唯黙っていた


あぁ
俺は
無力だった



──ばたん








────。

「はぁ」

思わず部屋を飛び出してきちゃったけど…
これからどうしよ?

「はぁー―」

もっかい溜め息


それにしても、キルアなんであんな怒ってたんだろ?


…分かんない


考えたって分かる筈も無いのに、それでも頭から離れないのは…



「ねー、パパぁ、これ買ってよー」


ふと、小さな女の子の声がした。
オレが居る街の中を見れば、他にも家族連れや、恋人同士で歩いている人達が沢山いた。

「どれだ、んー?」
「コレぇー」

少女がコレ、と指したのは、白いふわふわのワンピースで

「よぉし、買ってやろう」
「わぁい。パパだぁいすき!!」


しばらくして、店から出てきた二人は、幸せそうな顔をしてて

少女が着ている白いワンピースは眩しいほどに真っ白で
それを見る父親の目は優しくて



幸せ






幸せって、こういうことか

物を買ってもらうことじゃなくて

相手の愛を貰う
相手の気持ちを貰う


そして気付いたのは

オレが今着てる服はみんなキルアが選んでくれたんだ、ってこと


帽子も、マフラーも、コートも、ズボンも、

みんなキルアが選んでくれた


あとひとつ思い出しのは
オレがそれを着た時にキルアは
「似合うな」
って
笑って
くれた



涙が

ずっと我慢してたのに
雫が

ぽたり
ぽたぽたぽた

糸が切れた。



確かに、キルアはたまにすっごい不機嫌になる時がある
一人で考えこむ時もあるし
オレに向かって大声出すこともある(喧嘩の時とかね)

でも

それはいつも

そんな時のキルアはいつも

悲しそうな目で
苦しそうな目で


結局
きっとキルアは

一人で居たくないんだ

自分勝手に
自由気ままでいるようで

きっといつも温もりを求めてる


キルアは猫みたいだから

飄々としているようで
こたつを愛するそんな人

そっか

そっかそっか

キルアは


寒いのが嫌いなんだ


だからオレは
いつもキルアの傍にいて

どんな時でも

キルアが怒ってる時もオレは隣で笑顔にしてあげよう

キルアが笑顔でいる時はオレも隣で笑ってよう


そうだ
そうだよね

オレの仕事はいつでも変わらずに
キルアの傍に居ること

だってオレはキルアが居なくちゃ
ずっと笑顔でなんかいられないんだから
キルアの前だから、思いっきり笑うことが出来るんだから
オレは
キルアと居たいんだから


すっかり、忘れてた

でも
これは
一番忘れちゃいけないコト


さぁ
帰ろう


オレの場所へ
キルアの隣、そこがオレの定位置だから






────。

あぁ

ばたん、と閉まったドアを眺めて数十分。
やっと我に返った俺は、まずこのひっでぇ頭痛の原因である窓に目を向け、カーテンを閉める。

それによって
今まで見えていた白い雪が視界から消え去る。

すぅ、と
それまでがんがんと痛んでいた頭の痛みがなくなり、
カーテンを閉めたことによって、クリスマスツリーから与えられるわずかな明かりだけとなった部屋に静かな沈黙が訪れた

はずだった

頭痛は雪の、あの白が無ければ起こるはずもなく、
すっかりしっかり消え去った

けれど


心のずきずきが
きしきしという妙な音が

消えなかった


これは

ゴンに与えた傷で
それに後悔した俺の傷で
何より

それより何よりも、
ゴンが居ないことの代償

隣にゴンが足りない
その代わり

あぁ、もうこれは
頭とか頭痛とかそうゆう次元ではない


重い


腹の中に鉛を入れてるみたいに
あぁ、
何か
黒いモノが
吐き出したいのに吐き出せない。

ずぅん、と重みが
後悔、が痛恨、の慚愧、だ


起き上がれない
浮き上がれない

もう駄目だ

俺はゴンが居なかったら
一歩だって動けやしない

かといって
今更取り消せない
巻き戻せない

もう手遅れだ


あとは、
ゴンが戻って来てくれることを願うしかない

あとは、
唯沈んでゆくことしか出来ない


俺は身動きとれないままベッドにうつ伏せて
意識を手放した





────。

目を開けたら
目の前にゴンがいた。

「おはよう、キルア」

エプロンをしてせわしなく動いているゴンは朝食を作ってる時みたいで、
一瞬今までのことは全て夢だったんじゃないかと思うほどだったけど
開け放たれたカーテンの向こうは何も見えないように真っ黒だったから
今はもう夜になってしまっているんだと認識することが出来た。

「…ゴン、お前なんでっ…?」

じゃぁ

それじゃぁゴンは
ちゃんと帰って来てくれたというのだろうか?

しかも笑顔付きで

「なんで、って…
やっぱクリスマスだもん、大好きな人と一緒にいたいでしょ?」

簡単なコトだった
簡単なコトバだった

それだけで十分だったけどさ

たった一言で良かったんだけどさ


「ねぇ、キルア悪い夢でも見たの?」

すっごくうなされてたから、と加えるゴン

どき

「あぁ、ちょっとな」

言えた
素直に言えた

「雪が、さ…」

いつまでも降り止まない雪
身動きのとれない俺
一面真っ白い世界
綺麗な白が恐怖に変わる…

すべて話し終わった俺の手は
がたがた震えてて

でもゴンはそんな俺に
暖かいカップを持たせてくれた。

中身は白い湯気の上るココアだった。

「もしキルアがそのまま雪に埋もれちゃっても、オレが探し出して、こうやってココア飲ませてあげるよ」

ゴンは自分でもカップを持って、俺の隣に座った。
そしてこくり、と一口飲む。
俺もそれに続いて一口飲むと、先程までの震えがぴたりと止まった。

「でもさ、もしそんなんじゃ、俺が元に戻らなかったら?」

ことりとカップを置きながら言う。

そう、俺が白に飲み込まれてしまっていたら?
俺が、俺じゃなくなってたら?

「その時は…」

んー、と言いながらゴンはカップを置き、
俺の身体に手を回して
ぎゅっ、と抱き締めた。
「こうやって、ぎゅってしてあげるよ?」

下から大きな目で見上げられて
しかもそれが可愛くて
思わず胸が音を鳴らして

「ありがとう」

俺はそのままゴンに抱きついて
力と愛と感謝を込めて
ぎゅっ と抱き締めた。

もう答えは出てたけど、
俺は意地悪で聞いてみる

「ねぇ、ゴン、これでも駄目だったらどーする?」


そしたら
ゴンは顔を真っ赤にして

俺の唇に口付けてくれた

もちろんキスは甘い甘いココアの味がした




温かいココアと

抱擁の温もりと

熱い接吻が





真っ白な雪を溶かしてくれた








Will you thaw
white snow?











アトガキ☆

クリスマスものです。とてつもなく長かったですが、お付き合い感謝です!!
間に合って良かったっす…。